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夏目雅子の死因は?西遊記、鬼龍院花子の生涯で有名、夫、娘、家族を解説

「夏目雅子さんってどんな病気で亡くなったんだろう…」「まだ若かったのになぜ急逝してしまったのかな…」と気になっている方も多いのではないでしょうか。

昭和を代表する美人女優として活躍した夏目雅子さんの突然の訃報は、当時の日本中に大きな衝撃を与えました。

この記事では、伝説の女優・夏目雅子さんについて詳しく知りたい方に向けて、

  • 夏目雅子さんとはどんな人だったのか
  • 夏目雅子さんの代表作、どんな作品に出演していたのか
  • 夏目雅子さんの死因の詳細

主に上記について、解説しています。

夏目雅子さんは今もなお多くの人々の記憶に残る女優です。
彼女の生涯と死因について正確な情報を知ることで、改めてその功績と人生を振り返ることができるでしょう。
当時の貴重な証言や記録をもとにまとめていますので、ぜひ参考にしてください。

夏目雅子とは

夏目雅子さんとは、どんな人だったのでしょうか?

ここでは夏目雅子さんの経歴や活躍を大まかにまとめて解説していきます。

夏目雅子の経歴

夏目雅子さん(本名:西山雅子、旧姓:小達)は、1957年12月17日、東京都渋谷区の日本赤十字社中央病院で生まれました。

身長:164㎝、血液型:B型です。

夏目雅子さんの父親は、六本木の輸入雑貨店「亀甲屋」を経営しており、荒物や金物、石鹸、亀の子たわしなどの日用品を扱うお店でした。

東京オリンピック開催に伴う道路拡張事業により、父親はお店をビルに建て替え、貸しビル業で成功を収めています。

その後夏目さん一家は、高輪や横浜市山手のモービル石油日本支社長宅に転居し、千葉県館山市には別荘も所有していたといいますから、夏目さんは、比較的裕福な家庭で育ちました。

学歴は、東京女学館中学・高等学校を卒業、その後東京女学館短期大学へ進学しますが、中退しています。

ちなみに、東京女学館といえば、私立のお嬢様学校として有名ですね。

同じ学校の出身で、女優の浅田美代子さんや山口いずみさん、アナウンサーの寺田理恵子さんなどの有名人がいます。

田舎出身の私から見れば、都会のお嬢様が通っていて、自分には手が届かない別世界のような学校だという憧れがありました。

東京女学館での学生時代は「ダテピン」の愛称で親しまれ、あけっぴろげな性格で周囲を明るくしていました。

夏目雅子さんの人柄について、最も身近にいた家族や友人たちの証言は、彼女の真の姿を物語っています。

付き人としてそばにいた銭神信子さんの回想によると、雅子さんは新人の付き人に対しても分け隔てなく接し、京都での撮影時には「泊まっていく?」と自然に声をかけるような温かい人柄でした。

特に印象的なのは、銭神さんが上京する際の雅子さんの行動です。

アパートから家財道具まで全て用意してくれただけでなく、自ら掃除をして「よく来たね」と迎えてくれたエピソードは、彼女の思いやりの深さを示しています。

さて、夏目雅子さんの女優への道ですが、夏目さんが小学3年生の時、テレビドラマ「チャコちゃんハーイ!」を観て女優への憧れを抱いたものの、母親の猛反対により子役としての活動はかないませんでした。

しかし17歳でヴィットリオ・デ・シーカ監督の名作映画「ひまわり」を鑑賞し、ソフィア・ローレンの演技に深い感銘を受けます。

この体験が彼女の人生を決定づけ、本格的な女優への道を歩む決意を固めました。

1976年、夏目雅子さんは、日本テレビ愛のサスペンス劇場、「愛が見えますか…」のヒロインのオーディションを受け、486人の応募者の中から見事合格し、女優デビューを果たします。

カネボウCM、ドラマ「西遊記」で爆発的人気

1976年、「愛が見えますか…」のヒロイン役で女優デビューしたものの、ドラマ撮影の際、57回連続NGを出すなど、「お嬢さん芸」と言われてしまうほど、演技は未熟だったそうです。

当時は「小達雅子」という本名で活動しており、あまり売れなかったと言います。

そんな夏目雅子さんが注目されたきっかけは、1977年、カネボウCMの「クッキーフェイス」でした。

このCMに出演するときに、CMの夏のイメージに合わせて、芸名を「夏目雅子」に変えています。

そして、1978年から1980年にかけて放送されたドラマ「西遊記」シリーズの三蔵法師役は夏目雅子さんの代表作となります。

このドラマは、日本テレビ開局25年記念番組として企画・制作され、堺正章演じる孫悟空、西田敏行演じる猪八戒、岸部シロー演じる沙悟浄と共に天竺を目指す物語でした。

夏目雅子が演じた三蔵法師は、従来の男性僧侶のイメージを覆す中性的な美しさで、視聴者に強烈な印象を与えました。

このドラマ「西遊記」で人気女優となった夏目雅子さんは、1980年「虹子の冒険」(テレビ朝日系列)(初主演)、「ザ・商社」(NHK)に出演します。

映画では1980年「二百三高地」、1982年「鬼龍院花子の生涯」などに出演、
特に「鬼龍院花子の生涯」では、ブルーリボン賞を受賞し、人気、実力ともに高く評価される女優へと成長していきました。

ただ、女優デビューした時から、母のスエさんは、夏目さんが芸能界で仕事することを認めませんでした。

女優として評価を高めたあとも、テレビや映画はおろか、雑誌記事すら目を通さなかったと言います。

ある日、夏目さんが撮影のあとに化粧を落とすのを忘れて家に帰ってきたときは、夏目さんを玄関に入れずに「出て行け!」と追い返したこともあったそうで、女優であることを自宅へ持ち込むことを嫌ったそうです。

夏目雅子の死因と病気について

ここでは、夏目雅子さんの死因について詳しく解説していきます。


夏目雅子の死因は白血病による肺炎

夏目雅子さんは、1985年9月11日午前10時16分に亡くなりました。(享年27歳)

死因は、急性骨髄性白血病に伴う肺炎でした。

1985年2月、夏目さんが主演を務める舞台「愚かな女」の公演中に体調不良を訴え、慶應義塾大学病院での検査により、急性白血病との診断が確定しました。

舞台の稽古をしている頃から、10円玉大の口内炎や激しい頭痛といった症状から始まり、徐々に体調が悪化していきます。

舞台公演が始まる前から体調が悪かった夏目さんは、念願だった主演の舞台ということで、無理をして舞台に立っていたそうです。

舞台の続行を望んだ夏目雅子さんでしたが、演出家と共演者に説得されて、2月15日に、慶應義塾大学病院に入院しました。

「白血病」という病名は、当時は不治の病で、希望を持って療養して欲しいと考えたご家族は、ご本人へ本当の病名を伝えることはせず、「極度の貧血」ということだけを伝えていました。

闘病から約7か月、白血病の症状が治まり、病気回復の兆しが見えて、退院の話も出てきていた夏目さんでしたが、抗がん剤の副作用等で免疫力が低下しているところに肺炎を発症、そしてあっという間に帰らぬ人となりました。

人気女優の夏目雅子さんが、27歳という若さで亡くなってしまい、その当時の芸能界には、悲しみの衝撃が走りました。

夏目雅子さんの亡くなった当時、私は好きだった女優さんが亡くなって、とても残念に思ったのと同時に、「美人薄命」(びじんはくめい)という昔の諺(ことわざ)は本当だったんだなと、変に感心してしまったことを覚えています。

また、夏目雅子さんが20代で白血病で亡くなった記事を書いていたら、私の身近にも同じように20代で白血病で亡くなった人がいたことを思い出しました。

私の兄の幼馴染みで、私も顔見知りのお兄さんでした。

その人は、運動が得意でカッコ良かったので、地元の女子の憧れの存在でした。

そのお兄さんは、高校生の時にお付き合いしていた彼女さんと20代前半で結婚し、男の赤ちゃんも生まれて、幸せの絶頂にいました。

しかし、赤ちゃんが1歳になる前に白血病を発症し、1年も経たないうちに亡くなってしまったのです。

亡くなった時の年齢は、夏目雅子さんとちょうど同じくらいの、25〜26歳くらいだったと記憶しています。

田舎では都会に出ていってしまう若者が多い中、地元で家庭を築いて、地に足のついたしっかりした生き方をしていた未来ある青年が亡くなったのは、本当に残念なことでした。

白血病、バセドウ病、病気との闘いについて

夏目雅子さんは今回の白血病に罹る前、「バセドウ病」の持病があり、1981年にその手術をしています。

「バセドウ病」とは甲状腺疾患の一つで、甲状腺機能亢進症が起こることで、甲状腺ホルモンが異常に分泌して、身体や精神に様々な影響を及ぼす病気です。

甲状腺機能亢進症は、甲状腺ホルモンが過剰に分泌されて、異常に代謝が高まる病気です。

症状としては、動悸、多汗、暑がり、手の震え、食欲亢進なのに体重減少、精神的に高揚しやすいなどがあります。

精神的に高揚しやすい、という点だけ見ると、そのことが感情表現豊かな演技につながっていたかも知れません。

そして、一つの病気が落ち着いたところで、再び重い病が夏目雅子さんを襲います。

夏目さんが患った「急性骨髄性白血病」は、血液のがんの一種で、骨髄で正常な血液細胞が作られなくなる深刻な疾患でした。

この病気は当時の医療技術では治療が極めて困難とされており、現在でも完治には高度な治療が必要な病気として知られています。

一部では「ストレスが原因」「過労が引き金」といった憶測も流れましたが、急性骨髄性白血病の発症原因は複雑で、遺伝的要因や環境要因が複合的に関与するとされています。

特定の原因を断定することは医学的に困難であり、単純な要因で説明できるものではありません。

また、「治療を拒否した」という根拠のない噂も存在しましたが、実際には、夏目さんは最新の治療を受けながら病気と闘い続けていました。

彼女の闘病生活は、家族や関係者の証言からも、最後まで希望を持ち続けた勇敢なものだったことが明らかになっています。

家族の証言によれば、夏目さんは病室でも前向きな姿勢を崩さず、見舞いに来た家族を逆に励ますような言葉をかけていたそうです。

抗がん剤治療による副作用で髪が抜け落ちても、最後まで女優としての誇りを失わなかった彼女の姿勢は、多くの医療スタッフの心を打ったといいます。

彼女の懸命な闘病の姿勢を見て、母スエさんは夏目さんが女優であることを認め、映画やドラマのビデオを病室に差し入れたりと、女優復帰を応援するようになったそうです。

旦那さんやお母さん、兄弟さん家族全員が一つになって、病気と闘ってきましたが、残念ながら、奇跡には一歩届きませんでした。

夏目雅子の主な出演作品

ここでは、夏目雅子さんの主な出演作品を紹介していきます。

◆映画

「トラック野郎・男一匹桃次郎」(1977年、鈴木則文監督):小早川雅子役

「二百三高地」(1980年、舛田利雄監督):松尾佐知役

「鬼龍院花子の生涯」(1982年、五社英雄監督):松恵役

「時代屋の女房」(1983年、森﨑東監督):真弓・美郷役

「魚影の群れ」(1983年、相米慎二監督):小浜トキ子役

「瀬戸内少年野球団」(1984年、篠田正浩監督):中井駒子役

「北の螢」(1984年、五社英雄監督):ナレーション(遺作)

◆ドラマ

「愛が見えますか」(1976年、日本テレビ):夏村道代役

「悪魔の手毬唄」(1977年、毎日放送):別所千恵子(大空ゆかり)

「西遊記、西遊記Ⅱ」(1978〜1980年、日本テレビ):三蔵法師役

「虹子の冒険」(1980〜1981年、テレビ朝日):河野虹子役

「黄金の日日」(1978年、NHK大河ドラマ):笛役

「ザ・商社」(1980年、NHK):松山真紀役

「おんな太閤記」(1981年、NHK大河ドラマ):お市役

「徳川家康」(1983年、NHK大河ドラマ):茶々姫→淀君役

◆ラジオ

「翔べ光の中へ 〜Come on in music〜」(1978年11月 〜1983年、FM東京)

◆舞台

「愚かな女」(1985年2月、西武劇場)

カネボウCM「クッキーフェイス」で注目される

夏目雅子さんが注目されるようになったきっかけは、先にも述べました、カネボウ化粧品の夏のキャンペーンガールとして出演したことです。

CMでは、小麦色の肌と大胆な水着姿がとても美しく、その強烈なインパクトで、夏目雅子さんは全国に名前を知られるようになります。

また、このCMソング「ティナ・チャールズ – Oh! Cookie Face」の日本語カバー版のシングルレコードが、夏目さん自らが歌って発売されています。
(個人的には、アイドル歌手のような初々しい感じがステキだと思います。)

私は、このCMを観た衝撃を、今も忘れられません。

色白の女性が美しいというイメージが強かったので、全身小麦色で自由にはしゃぐ感じが、格好良くて美しい、「格好美しい」的な夏目雅子さんに強い憧れを持ちましたね。

当時、「クッキーフェイス」の紙袋が家にあったので、それを持ち歩いて、自分も夏目雅子さんのように、格好良くなった気分になっていたものです。

ドラマ「西遊記」の三蔵法師で人気爆発

夏目雅子さんの代表作といえば、1978年から1980年にかけて放送されたドラマ「西遊記」シリーズの三蔵法師役が挙げられるでしょう。

このドラマは日本テレビ系列で放送され、堺正章演じる孫悟空、西田敏行演じる猪八戒、岸部シロー演じる沙悟浄と共に天竺を目指す物語でした。

夏目雅子さんが演じた三蔵法師は、従来の男性僧侶のイメージを覆す中性的な、高貴で美しい僧侶として表現されて、視聴者に強烈な印象を与えました。(ただし、三蔵法師の設定はあくまでも男性であった)

このドラマの成功により、夏目雅子さんは一躍国民的女優の仲間入りを果たします。

特に三蔵法師の衣装である白い僧衣姿は多くの人々の記憶に残り、彼女の代名詞的存在となりました。

ドラマは、最初のシリーズの「西遊記」で、平均視聴率約19.5%、最高視聴率27.4%を記録し、社会現象とも呼べる人気を博しました。

また、香港や東南アジアでも放送され、夏目雅子さんの知名度を海外にまで広げる契機となったのです。

三蔵法師役での成功は、その後の映画出演やCM出演にも大きく影響し、彼女の芸能人生における重要な転換点となりました。

私は子供の頃、この「西遊記」が毎週日曜日に放送されるのを楽しみにして観ていました。

堺正章さん演じる孫悟空と、西田敏行さん演じる猪八戒、岸部シローさん演じる沙悟浄、3人の掛け合いが、コメディみたいに面白くて、喜んで観ていました。

そして、夏目雅子さん演じる美しくて真面目な三蔵法師の存在がより際立っていた感じがします。

レギュラーの俳優さんも、夏目雅子さんや堺正章さんなど、有名俳優さんばかりでしたが、毎回、妖怪役でゲスト出演する俳優さんたちも、豪華な顔ぶれでした。

ハナ肇さんや谷啓さん、東野英心さん、高橋長英さん、中尾彬さん、児嶋みゆきさん、池波志乃さんなどなど、子供でも知っている人気俳優さんが演じていて、楽しませてもらいました。

このドラマの主題歌、オープニングは「Monkey Magic」、エンディングは「ガンダーラ」で共にゴダイゴの曲でした。

当時、ゴダイゴは人気のグループで、歌詞は英語がよく使われていて、おしゃれな感じが憧れました。

私は特に、「ガンダーラ」が好きで、ちょっと物悲しいメロディと、おしゃれな歌詞が気に入っていました。

映画「鬼龍院華子の生涯」での演技が高く評価される

夏目雅子さんは、「鬼龍院花子の生涯」(1982年、五社英雄監督)で、ヌードシーンもある役を体当たりで演じて、その圧倒的な演技力を見せつけました。

夏目雅子さんは、侠客、鬼龍院家の親分、政五郎の養女、松恵の役を演じており、その松恵の放った凄味のきいたセリフ「なめたらいかんぜよ!」は、その年の流行語となりました。

(ちなみに、「なめたらいかんぜよ」は土佐弁(高知県)だそうです。)

私が子供の時に、この映画のCMがよく流れていましたね。

お嬢様イメージの夏目雅子さんが、極道の娘役を演じていて、さらに、この「なめたらいかんぜよ!」という凄みのあるセリフを吐くシーンがしょっちゅう流れていて、インパクトが強かったのを覚えています。

この作品で、夏目雅子さんは、第25回(1982年度)ブルーリボン賞で主演女優賞を獲得しています。

1983年の「魚影の群れ」では、青森県大間での、激しい波が押し寄せる海辺の町でのオールロケに臨みました。

ロケ地では、女優さんが宿泊するような高級なホテルや旅館はなかったため、小さな民宿に滞在し、早朝から夜遅くまで拘束される過酷なロケだったといいます。

また、監督は、ワンシーン・ワンカットで撮影することでも有名な相米慎二監督で、1日リハーサルで終わってしまう日もあったという、粘り強い演出にも応えて、印象的な演技を披露しています。

この「魚影の群れ」は、映画「時代屋の女房」(1983年、森﨑東監督)と共に、報知映画賞主演女優賞を獲得しています。

また、「瀬戸内少年野球団」(せとうちしょうねんやきゅうだん)(1984年、篠田正浩監督)は、淡路島出身である、昭和の大作詞家、阿久悠氏の自伝的小説が原作の映画で、夏目雅子さんの代表作の1つです。

この作品では、戦後の混乱期を生きる女教師を演じ、その自然体の演技が観客の心を掴みました。

この作品の撮影で夏目さんは、共演した小学生の子役たちと楽しそうにしていたと言います。

子役たちは何か月も親元を離れて合宿しながら撮影をしていたため、夏目さんは「寂しいだろうね」と言って気遣いをして、「いっしょにお風呂に入る人、いる?」っと声をかけました。

すると、女の子の佐倉しおりちゃんはもちろんのこと、時には男の子の山内圭哉君、大森嘉之君ともいっしょに入浴し、4人並んで背中を流しっこしていたそうです。

夏目雅子の夫、娘、家族について

夏目雅子の夫は伊集院静

夏目雅子さんは、7年間の交際期間を経て、1984年に作家の伊集院静氏(本名:西山忠来)と結婚しました。

当初、伊集院氏は一般女性と結婚していましたが、1980年に離婚して、1981年に作家になります。

その後、お二人は鎌倉に住み、自宅近くにある、馴染みのお寿司屋さんの三倉ご夫妻に媒酌人になってもらい、そのお寿司屋さんで、内輪だけの結婚式を挙げました。

夏目さんと伊集院氏の結婚生活はわずか1年という短い期間でしたが、二人の絆は深いものでした。

夏目さんと伊集院静氏との出会いは、1977年、カネボウ化粧品の「クッキーフェイス」CMの撮影現場でした。

これは、伊集院静氏が作家になる前で、当時CMディレクターだったときにお2人は出会い、後に結婚するという運命的なものだったのです。

伊集院静氏は、1992年に「受け月」で直木賞を受賞し、人気作家として活躍。

伊達歩のペンネームで作詞家としても活躍しており、近藤真彦の「愚か者」で日本レコード大賞を受賞しています。

夏目雅子さんの死後、1992年に、ドラマ「金曜日の妻たちへ」でお馴染みの女優、篠ひろ子さんと再々婚しています。

そして、伊集院静氏は2023年に、肝内胆管がんで死去されました。

夏目雅子の娘、子どもは?姪は楯真由子

夏目雅子さんは結婚してわずか1年足らずで亡くなっているため、娘さんもお子さんもいません。

しかし、夏目雅子さんのお兄さんの小達一雄さんには、最初の奥さんとの間に娘さんがいて、夏目さんの姪御さんにあたります。

それが女優の「楯真由子」さんです。

「楯真由子」さんは、夏目さんが亡くなってから生まれたので、夏目さんと直接的な関わりはないですが、祖母にあたる夏目さんのお母さんからは、内向的なところや、少し「不思議ちゃん」的なところが夏目さんとよく似ていると言われていたそうです。

夏目雅子の義姉は田中好子

夏目雅子さんのお兄さんの小達一雄さんは、1991年5月、女優の田中好子さんと再婚します。

夏目雅子さんは、お兄さんが田中好子さんと結婚した時はすでに亡くなっていましたが、田中好子さんは義姉にあたります。

しかし、残念な偶然ですが、田中好子さんも、2011年4月21日、がん(乳がん、肺・肝臓などに転移)で亡くなりました。(享年、55歳)

田中好子さんといえば、伝説のアイドル「キャンディーズ」のメンバーで、「スーちゃん」の愛称で親しまれていました。

「キャンディーズ」の3人のメンバーの中で、私はスーちゃんが一番好きでした。

1978年4月に「キャンディーズ」が引退してしまい、残念だなあと思っていたところ、1980年に「欽ちゃんのどこまでやるの!?」という番組で芸能界に本格的に復帰した時は、嬉しかったですね。

「キャンディーズ」時代は、バラエティ番組に出ることが多かったので、復帰後に、演技派女優さんとして活躍するとは、想像もしていませんでした。

1989年公開の映画「黒い雨」で主人公を演じて、日本アカデミー賞主演女優賞など数々の賞を受賞、NHK朝の連続テレビ小説「おしん」での養女役など、数々の話題作に出演されていました。

夏目雅子の生まれ変わり?

夏目雅子さんによく似ている女優さんに対して、「夏目雅子の生まれ変わり」と言われることがあるそうです。

特に夏目雅子さんに雰囲気が似ていると言われているのは、女優の「波瑠」さんです。

私は初めて波瑠さんをテレビで観た時、まるで夏目雅子さんが生き返ったようで、とても嬉しかったのを覚えています。

巷でもお2人が良く似ていると言っている人が大勢いるようです。

これだけ似ているんだから、親戚か何かかなと思ったんですが、全く関係のない赤の他人だそうです。

女優の波瑠さんは1991年生まれで、夏目雅子さんが亡くなってから生まれたので、夏目雅子さんについては知らなかったそうです。

夏目雅子の死因は白血病による肺炎、早逝するも今も人々の心に残る永遠の女優

夏目雅子さんは、1985年9月11日に亡くなりました。

死因は、急性骨髄性白血病に伴う肺炎でした。

夏目雅子さんは、27歳という若さでこの世を去りましたが、彼女が残した影響と遺産は現在も多くの人々の心に深く刻まれています。

夏目雅子が芸能界に与えた影響は計り知れないものがあります。

特に1980年代の女優たちにとって、彼女の自然体な演技スタイルと清楚でありながら芯の強い女性像は、一つの理想的なモデルとなりました。

現在でも多くの女優が「夏目雅子のような女優になりたい」と語るように、彼女の存在は後進の目標となり続けています。

また、彼女の人柄や生き方そのものが、多くの人々に勇気と希望を与えています。

病気と闘いながらも最後まで周囲への気遣いを忘れなかった姿勢や、母親への深い愛情は、家族の絆の大切さを改めて教えてくれます。

さらに、彼女の名前を冠した「夏目雅子ひまわり基金」の設立により、白血病研究への支援が継続されており、医学の発展にも貢献しているのです。

「夏目雅子ひまわり基金」とは、白血病などの血液疾患で苦しむ患者とその家族を支援する公益財団法人です。

夏目雅子さんが残した約4千万円の遺産をもとに、事業は1993年12月1日にスタートしました。

この「ひまわり基金」という名前は、夏目雅子さんが好きだった映画「ひまわり」と、夏目さんがファンから贈られたひまわりの花を見て「わあ、きれいだね」と喜んだエピソードから付けられたそうです。

基金の代表は、夏目さんのお兄さんである小達一雄さんが務めており、その活動内容は、血液疾患の研究助成金の提供、患者家族への経済的支援、医療従事者の研修支援、患者家族向けの相談窓口設置や、闘病体験者による講演会の開催などがあります。

その中でも特に注目すべきは、骨髄移植推進のための啓発活動で、ドナー登録の促進に大きく貢献してきており、年間約2000万円の研究助成を実施し、これまでに延べ200件以上のプロジェクトを支援しているそうです。

夏目雅子さんが亡くなって40年以上経ちますが、今もなお、その魅力で人々を勇気づけ、「ひまわり基金」を通して、社会に大きく貢献し続けています。

そしてこれからも、昭和を代表する女優として、私たちの心の中に生き続けていくことでしょう。

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